2008. 03. 24 (月曜日) / コメント一覧 (4)トラックバック一覧 (0)

それ防音壁ではありませんぞ ;JR男鹿線

本当はココに上がったらイカンような気もするが・・・。

だいぶ春めいてきましたのう。気が早いワシは山菜を探しに行ってきたのじゃが、さすがにまだ早かったわい・・・

暖かくなり、観光客の方も多く訪れる季節が近づいて来た訳じゃが、今回は汽車で(JR男鹿線の事を地元の人は「汽車」と呼ぶようじゃ。電車ではないのかのう?)男鹿に来られる方にちょっとタメになるお話じゃよ。

JR男鹿線の羽立駅(男鹿駅の一個前)から男鹿駅の間、金川というところの踏切を越えた辺りから、線路に沿って石の壁が続いておる(車内からだと男鹿駅にむかって左側)のはご存知かの?ちょうど男鹿市民文化会館の裏手から男鹿駅の直前まで続いておる。

ワシが立っているのは、男鹿市民文化会館の駐車場のところから男鹿駅方面を向いたカンジじゃが、もしや危ないのでココに上がってはいけません!?良い子の皆さんは真似してはいけませんぞ。

一見すると防音壁か柵の様じゃが、実はコレ、防波堤だったらしいんじゃよ。いや、別に冬になると道路を超えてここまで波が来る・・・とかそういう事ではありませんぞ(笑)

要するに昔はこの線路の際まで海じゃったという事なんじゃよ。

文化会館わきのグランドや公園の上が丘になっとるんじゃが、あの丘までが昔の海岸線で文化会館も消防署も警察も、つりショップ海風もみ〜んな昔は海(正確には浜)だったという事じゃな。
そういえば、男鹿駅前のあたりが「新浜町(しんはまちょう)」、道路2本ほど山に向かったあたりが「元浜町(もとはまちょう)」という地名じゃから、もっと昔は、もっと丘の方まで海岸線だったんじゃろうね。

船川も、昔はハタハタ漁で賑わう「漁村」というに相応しい情景じゃったそうじゃ。
なんでも男鹿で採れる秋田杉は品質が良く、昭和40年代の埋め立て・築港によって木材コンビナートを中心とした現在の工業港(?)が形成されたとの事じゃ。

この防波堤は、建物も陸地の形状も変わる中で当時の面影を残す数少ない「遺産」という訳じゃな。
昔の写真でもあれば遠くの人にも分かりやすいのかも知れんが、ちょうど今と比較できるような写真が見当たりませんでのう(*_*;


だから何?と言われると、特にだからどうって事もないんじゃが・・・なんか今と繋がっている感にちょっとワクワクするのはワシだけかのう?
ノスタルジーってやつじゃよ。

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皆さんから頂いたコメントじゃ。

当時の建物などを改築せずもっと残していれば、それだけで観光地の魅力も増すというものじゃが...その当時に生きていればワシもきっと改築したり、取り壊したりしてしまうじゃろうな(-_-;)

やはり何事も、失って初めて気付く大切さ・偉大さじゃな。
儚いのう・・・

佐々木じゃ さんから2008年3月27日 10:35に頂いたコメントじゃ

こういうお話大好きです!
いつも通っていた道路は海だったのですね。
男鹿ってやっぱり素晴らしい!!

あい さんから2008年3月26日 21:42に頂いたコメントじゃ

なるほど。汽車で間違いなかった訳ですな。
いや、ご指導ありがとうございます。またお教えくだされ_(._.)_

佐々木じゃ さんから2008年3月24日 20:18に頂いたコメントじゃ

男鹿線はディーゼル車なので汽車。

通りすがり さんから2008年3月24日 20:14に頂いたコメントじゃ

コメントを待っとるぞ!